三世代目

比類なきDNA

トニーノ・ランボルギーニの長男であるフェルッチオ・ランボルギーニは、1991年1月9日、イタリアのボローニャで誕生しました。彼は4人の姉妹とともに、ランボルギーニ家の3世代目です。

「私の父がランボルギーニ家の価値観から着想を得て始めた事業は、1981年の会社創立以来、イタリアのデザインと革新を象徴的に具現化してきました。私の祖父と父は、両名とも、相互に関連する事業をそれぞれ主導してきた賞賛すべき革新者たちです。今日、私は、ランボルギーニ家の3代目スポークス・パーソンとして、父が始めた事業に、これまでとは異なる、より国際的な競争力を持つ新しい形態を加えることを誇りに思います。それは、経済的・時間的両面の多大な投資を必要と致しますが、弊社ブランドをより革新的で洗練された国際的レベルに高めるための移行過程に不可欠なものであると認識しております。」(副社長兼CEO、フェルッチオ・ランボルギーニ)

現社長兼CEOであるトニーノ・ランボルギーニは、祖父と同姓同名で、会社の副社長兼CEOの役職にある、長男フェルッチオ・ランボルギーニの助力を得て事業を推進しております。過去を忘れることなく、過去を力強さと着想の源として構築してゆく未来。この華麗なる一族の事業概念の物語は、この若きリーダーの出現により再び原点に戻ります。

トニーノ・ランボルギーニとフェルッチオ・ランボルギーニは、両名とも、弊社ブランドのDNAを体現しており、弊社のマーケティング目標を伝えるスポークス・パーソンです。

新規事業

フェルッチオ・ランボルギーニは、祖父と同姓同名なだけではなく、オートバイと高速走行への情熱も祖父から受け継いでおります。10代の最初の頃から10年間オートバイ・ライダーとして活躍致しました。ミニバイクのライダーとして3年間活躍し、2005年にヨーロッパの準チャンピオンとなりました。その翌年の2006年には、自動二輪に乗り換え、アプリリア杯に参加して2位を獲得しました。

2007年には、125 GPイタリア選手権にデビューし、アプリリアのワイルドカード(特別に参加を許可される選手)として4つのグランプリに出場しました。 2008年には、イタリア選手権(C.I.V.)で3位を勝ち取り、ジュニアGPレーシング・ドリーム・チームのワイルドカードとしてアプリリアRS 125Rの125クラスでイタリア・グランプリに出場しました。 2009年には、プロのレース・チームによるメディア・アクションのヤマハYZF R6で600ストック部門のイタリア準チャンピオンとなり、ヨーロッパ選手権の3レースに出場し、7ポイント獲得、ポールポジション(予選で高成績を出して、レースのスタート位置として、最前列の最も内側を与えられること)を2回獲得、そして高速走行ラウンドも成し遂げ、600ストック部門のヨーロッパ準チャンピオンとなり、21歳以下の部への参戦の最後を飾りました。 2010年には、スポーツ600イタリア選手権で3位を獲得し、モンド・モト2選手権の5レースに出場しました。 2011年には主にカンピオナート・イタリアーノ・ ヴェロチタ(C.I.V.)に出場し、モト2部門で7位になり、テン・ケイト・ジュニア・チームのホンダCBR 1000RRで1000スーパー・ストックFIM杯の4レースにも出場しました。2012年にも、モト 2 デルC.I.Vでレース出場を継続しましたが、テン・ケイト・チームが提供してクアランタクアトロ・レーシング・チームがトラックに持ち込んだオートバイでイタリアチャンピオンとなり、有終の美を飾りました。 2014年には、ストック600イタリア選手権で8位になり、その後は2019年シーズンまでレース参戦を中断することを決意しました。2019年シーズンでは、フル・モト・スクアドラ・コルス・チームがヤマハR6をフェルッチオに提供する契約を結び、スーパースポーツ600クラスでC.V.Iに出場し、ほぼ5年ぶりに見事なカムバックを果たしました。

定められた運命

フェルッチオ・ランボルギーニが極めて幼少の頃から、彼の父は、彼をランボルギーニ家の会社の事業や重大決定事項に継続的に関与させてきました。フェルッチオにとって、トニーノ・ランボルギーニ社が、彼の将来のキャリアパスとなる運命であることは幼少の頃から至極当然の事実でした。 2015年、彼はマーケティング部門に参画し、会社組織での最初の一歩を踏み出しました。明確な目標を持ってすべての役員会議に出席し、各社員から知っておくべきあらゆることをすべて学び、全事業の関連分野における自身の能力を高め、広報活動やその他の戦略的職務活動に於いて彼の父の補佐を務めてきました。

2016年4月、ランボルギーニ家の同族会社の世代交代の自然な流れと彼自身の成果が評価されたことにより、フェルッチオ・ランボルギーニはトニーノ・ランボルギーニSpA社の副社長に任命されました。 1年後の2017年2月、フェルッチオは、イタリアの自動車ブランドであるタウンライフ社とイソ社の2社の復活を目指して、自身の主導による大胆なプロジェクトを発表し、2017年9月に最初の電動スクーターを発売しました。社内における営業活動および戦略的活動のすべてに直接関与したことにより、ランボルギーニ家の事業の更なる発展に向けた彼の起業家精神と情熱が評価されることとなり、2018年にはCEOに任命されました。

フェルッチオ・ランボルギーニにとって、これはほんの始まりに過ぎません。彼は、CEO就任後まもなく、トニーノ・ランボルギーニSPA社とダサン・ネットワークス社(韓国のテクノロジーIT分野の世界的なトップ企業)の合弁会社であるTL インターナショナルInc.社の取締役会に名を連ね、トニーノ・ランボルギーニ・ブランド仕様の最高級品質のハイテク機器の製造を目指しております。また、2018年12月には、トニーノ・ランボルギーニ・ブランド仕様のゴルフ・カートと電気自動車の開発・製造を目的として、キネティック・グリーン・エネルギー&パワー・ソリューションズ社(Kinetic Green Energy&Power Solutions Ltd)(インドのフィロディア家が経営する最も重要で一目を置かれているインドの自動車会社グループの一つ)との合弁事業の契約書に署名しました。

2019年、フェルッチオ・ランボルギーニは、2輪車の世界における自身の体験と、トニーノ・ランボルギーニ・ブランドの伝統とを優美に結び付けた高性能スイス製腕時計を新たに発売しました。また、2019年からは、ブランド仕様ワインの製造と市場開拓を目的として、ランボルギーニ・サンゲ・ディ・ミウラ社の取締役会のメンバーとしても活躍しております。

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